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鳥取地方裁判所米子支部 昭和36年(ワ)54号 判決

原告 辻庄市

被告 佐藤作次 外一名

主文

鳥取県西伯郡淀江町大字淀江字新地畑七百五番家屋番号同所三六九番木造瓦葺平家建居宅一棟建坪十一坪八合、附属木造トタン葺平家建便所一棟建坪九合、木造瓦葺二階建座敷一棟建坪十三坪二合外二階八坪六合、木造瓦葺平家建廓下一棟建坪一坪四合、木造トタン葺平家建物置一棟建坪三坪、木造トタン葺平家建炊事場一棟建坪四坪九合につき昭和三十年十二月二日鳥取地方法務局淀江出張所受付第一〇九一号を以て登記した昭和二十九年十月十一日付借用金証書による西伯郡名和町大字門前六八九番地佐藤時子のため債権額金二十万円、弁済期日昭和四十年十二月末日、利息年一割、利息支払期毎年十二月末日の約の抵当権によつて担保される債務は存在しないことを確認する。

被告佐藤作次、同仲倉ちかは原告に対し右抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告佐藤作次の負担とする。

事実

原告は主文第一、二項同旨ならびに訴訟費用は被告等の連帯負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、

「原告所有にかかる主文掲記の家屋(以下本件家屋と略称する。)につき同掲記の抵当権設定登記が存するがその登記手続がされるに至つたのは次の事情による。

被告及びその亡妻佐藤時子は鳥取県西伯郡名和町門前六八九番地の開拓地で開拓に従事していたが、昭和三十年四月右時子において質屋業を営むべく人を介し本件家屋中裏座敷の賃借方を申入れて来たので原告はこれを了承し、時子は同所で質屋業を営んで来た。

かくて原告は時子と昵懇に交際していたが、当時原告は他に多額の債務を負担し債権者から強制執行を受ける心配があつた。これをみた佐藤時子はもし本件家屋が競売されるようなことになればお互に困る訳だから私が前に金を貸したことにして抵当権を設定しておいた方がよいというので、原告は個人と通謀し昭和二十九年十月十一日同人より金二十万円を弁済期昭和四十年十二月末日、利息年一割、利息支払期毎年十二月末日の約で借受け、その債権担保のため本件家屋につき抵当権設定をしたかのように仮装しその旨の借用証書を作成し昭和三十年十二月二日主文掲記の抵当権設定登記手続を完了した。そのため借用証書も原告が保有していたのである。

その後佐藤時子は昭和三十一年三月十五日死亡し被告佐藤作次は配偶者として、被告仲倉ちかは直系尊属として相続により右時子の財産に属した一切の権利義務を承継したのであるが、前記経緯を知らない被告佐藤作次は原告に対し真実金二十万円の債権が存在するとして争い、前記虚偽表示として無効の登記原因に基く抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき義務を承継したのにこれを果そうとしない。よつて本訴に及ぶ。」と述べ

証拠として甲第一号証、甲第二号証の一ないし三を提出し、甲第一号証は虚偽表示に基き作成されたものであると述べ、証人片尾典正の証言を援用した。

被告佐藤作次は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「原告主張の請求原因事実中本件家屋が原告の所有するものでこれにつき主張の抵当権設定登記が存すること、佐藤時子が被告の妻であつて共に原告主張の開拓地で開拓に従事中昭和三十年四月その主張のとおり人を介して本件家屋を賃借し質屋業を営んでいたこと、佐藤時子が昭和三十一年三月十五日死亡し被告佐藤作次がその配偶者として、被告仲倉ちかが直系尊属として相続により時子の権利義務一切を承諾したことはいずれも認めるがその余の原告主張事実はすべて否認する。

昭和三十年十月一日頃当時生活に困窮していた原告は質屋開業以来三ケ月余で資金の遊んでいるのを見込み時子に対し金二十万円の借用方を申入れて来た。そこで時々別居営業中の時子の許に赴き相談に応じていた被告佐藤作次は原告の窮状に同情もしまた原告方とは廊下続きで色々と世話をしてくれることもあるので、確実な担保をとつて貸付けるよう指示をなし、時子はこの指示に従い本件家屋に前記抵当権を設定し原告主張の消費貸借契約を締結したのである。もとより架空、虚偽であらう筈がない。被告は利息支払期の都度その支払を請求して来たが原告の生活の苦しさに同情し家賃と相殺することも差控えていたのである。」と述べ、

証拠として証人坪倉みつの証言を援用し、甲号各証の成立を認め甲第一号証は記載のとおりの契約が成立しており虚偽の記載をしたものではないと述べた。

被告仲倉ちかは本件口頭弁論期日に出頭しないが陳述したとみなすべき答弁書によると「原告主張事実中佐藤時子の死亡によつて被告佐藤作次、被告仲倉ちかが相続により佐藤時子の財産に属する一切の権利義務を承継したことは認める。その余の原告主張事実については被告仲倉ちかは佐藤時子より主張の貸金の事実を聞いたこともなくその事実の有無は全く不明であるが債権証書が原告の手中に存する事実より推認し本件債務の存在を認めることができないので原告の請求するとおりの判決を求める。」と述べている。

当裁判所は職権を以て原告、被告佐藤作次各本人尋問をした。

理由

請求の認諾は常に口頭の陳述によるべく、請求を認諾する書面を提出してもこれに基く口頭の陳述がない以上認諾たり得ないと解すべきであるから被告仲倉ちかの提出した原告の本訴請求を認諾する趣旨の答弁書が民事訴訟法第百三十八条により陳述したものとみなされても認諾ありとすることはできない。

被告仲倉ちかは原告主張の請求原因事実を明かに争わない。

而してその事実によれば原告の本訴請求中同被告との間で債務不存在確認を求める部分は理由がありこれを認容すべきである。

しかしながら被相続人佐藤時子の原告に対する本件抵当権設定登記の抹消登記手続をなすべき義務を共同相続人として承継した仲倉ちか、佐藤作次両名を被告としてその義務の履行を求めるべく提起した訴はいわゆる訴訟の目的が共同訴訟人の全員につき合一にのみ確定すべき場合にあたるから、本訴請求中右部分に関しては、被告仲倉ちかにつき擬制自白が認められても、被告佐藤作次において原告主張事実を争う以上これは被告仲倉ちかのためにも効力を生ずる。

よつて被告佐藤作次との間での債務不存在確認請求と共に被告両名に対する抵当権設定登記抹消登記手続請求につき以下判断することとする。

先ず原告所有にかかる本件家屋につき昭和三十年十二月二日鳥取地方法務局淀江出張所受付第一〇九一号を以て昭和二十九年十月十一日付借用金証書による西伯郡名和町大字門前六八九番地佐藤時子のため債権額金二十万円、弁済期日昭和四十年十二月末日、利息年一割、利息支払期毎年十二月末日の約の抵当権設定登記がしてあること、

佐藤時子は被告佐藤作次の妻であり、右住所地で共に農業開拓に従事中昭和三十年四月質屋業を営むべく人を介して原告より本件家屋の裏座敷を賃借しそこで質屋業を営んでいたこと、

右の事実については当事者間に争いがない。

証人坪倉ミツの証言ならびに被告佐藤作次本人尋問の結果中には原告と佐藤時子との間で真実前記登記してあるような消費貸借、抵当権設定契約が成立したとする趣旨に副う部分があるが次の事実が認められることからして直ちに措信することができない。

即ち証人片尾典正の証言ならびに原告本人尋問の結果に成立に争いがない甲第一号証、同甲第二号証の一ないし三を綜合すると(特に右各証拠によると原告と佐藤時子及び被告佐藤作次は昭和三十年四月本件家屋賃貸借前は全く未知の間柄であつたのに消費貸借成立の日が昭和二十九年十月十一日とされていること、佐藤時子は質屋営業をしており且つ生活にゆとりがあるのでもないのに約定利息が非常に低廉であり、貸借期間が十年有余の長期間となつていることまたそれに応じて佐藤時子側に何等の利得を受けることもなく本件家屋賃料も約定どおり支払われていたこと、原告から約定利息が支払われた事実がないこと、金員貸借の時と抵当権設定登記の時との間に相当日時が存すること、借用証書である甲第一号証が原告の手中に存することが明かである。)「昭和三十年十月頃当時原告は他に多額の債務を負担し債権者から強制執行を受ける心配があつた。この事情を知つた佐藤時子は、本件家屋が競売にでもなればお互に困るから自分が原告に金を貸したことにして抵当権を設定して競売の危険を防止するがよいというので、原告は同人と謀り昭和二十九年十月十一日同人から金二十万円を弁済期昭和四十年十二月末日、利息年一割、利息支払期毎年十二月末日の約で借受け、その債権担保のため本件家屋につき抵当権設定をしたかのように仮装し、その旨の借用証書(甲第一号証)を作成し、昭和三十年十二月二日前記抵当権設定登記手続を完了した。」ことが認められる。

従つて成立に争いがない甲第一号証も真実右契約が成立したとの被告佐藤作次主張の裏付とならず他にその主張を認めるに足る証拠はない。

次に佐藤時子が昭和三十一年三月十五日死亡し、被告佐藤作次が配偶者として、被告仲倉ちかが直系尊属として相続により右時子の財産に存した一切の権利義務を承継したことについては当事者間に争いがない。

右に述べたところからして原告、佐藤時子間の昭和二十九年十月十一日付金員借用証書(甲第一号証)による消費貸借ならびに抵当権設定契約は虚偽表示として無効であり、佐藤時子は原告に対し右無効の登記原因に基く抵当権設定登記の抹消登記手続をすべき義務あるもので、被告佐藤作次、同仲倉ちかは佐藤時子の相続人としてその義務を承継したものといわねばならない。

以上原告の本訴請求は理由がありこれを認容すべく、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山口定男)

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